冷凍都市のくらし、アイツ姿くらまし

独立して5年経った個人事業主のあれこれ

金持ちになって、じゃあ何がしたいのか?

とある記事でホリエモンが言っていた。

 

皆、金に支配されていて、金さえ稼げれば幸せだと思っていて、その癖、この質問に大抵の人は明確に答えられないと。

 

そして自分には物欲がなくて、貯金は愚かだと思っていて、貯金なんてものはまさに不安の指標にしか過ぎないので稼いだらその分使いまくって今しか出来ない経験を沢山して人間性やチャンスを豊かにした方がいいと。

 

なるほど、一部はとても良く分かる。

 

し、とても羨ましい考え方だと思う。

 

けどまあこの人、家族もいないし、やっぱり大抵の庶民の抱くそれとは違うものに幸せを感じてるんじゃないかなとは思う。もうそういうステージにいるんだろう。

 

子供が2~3人いて、それなりに交通の便のいい駅近のデカい家(最低限、家族全員分のプライベートルーム+どでかいリビングがあって庭も広い)住んで、子供全員に習い事好きなだけ自由にさせて、いつでも好きな学校に通わせられて、海外留学もさせてあげられて、毎月のように国内外のリゾート地に家族で海外旅行行って、料理は面倒だから毎日の一流シェフのメシ食って、移動も電車移動だと面倒だからどこ行くにも運転手付きの高級車で移動したいし、もっと言うなら掃除や洗濯でさえも自分達でしたくないからメイド的な存在を常に雇っていたいし、自分の外見に何か不満があるなら全身整形をしたいし、何なら愛人の2、3人囲ってたいし、行きたいイベントはどんなに競争率が高くても予約なし顔パスで全部行けるし、こういう生活を死ぬまでキープできるぐらい貯蓄もある。

 

金さえあれば、こういう自分のやりたい事が実現できる。

 

っていう風に思う人がこの世の中に沢山いても不思議じゃないと思うんだ俺は。

 

まあいわゆる消費欲だよね。社会に還元するとかノブレスオブリージュとか、そういう概念とは全く相反する欲求。

 

お金がないから今は出来ない。でもお金があったら実現できる。

 

自分(+家族)の、自分(+家族)による、自分(+家族)の為の。

 

そういう欲求。

 

別にそれをことさらに否定する必要はないんじゃないかと思う。

 

仮に、ここで列挙した欲を実現するには、それこそ年間1億円使い続けても足りないかもしれない。

 

それだけ毎年所得で稼ぐってのは凄く大変だ。普通は無理だ。

 

だから、普通はお金を稼ぐことに憧れを抱くんじゃないだろうか。

 

ホリエモンは実際にこういう生活を一度送って飽きたのかもしんない。

 

飽きたから、お金で実現できるものなんて大したもんじゃねーな。

 

やっぱこの世にまだない何かを生み出すことこそが一番だって思ったのかもしれない。

 

でもさ、大抵の人はまずそこに辿り着かないって。

 

辿り着いたからこそ思い直すことはあっても、まだそれを夢見ている人間達が、それを実現せずに悟るなんてことはまず無理だ。

 

大抵の庶民は金を稼いで何がしたいって?

 

この世のあらゆる贅沢を謳歌したいに決まってんだろ。

 

まあ分かる。金稼ぎが目的になっている人間より、金以外を夢や目的にしてがむしゃらに頑張り続けてそれを実現していく上で、結果的に大金持ちになっていたというケースの方が超富裕層の場合では実際ずっと多いだろう。

 

それは、そういう人がその人生の中年や晩年において、自然と、ある意味、必然的にとある分野で唯一無二の希少な存在になっていたりするからだ。

 

一部の芸能人とかそうだね。経済人で言えば金稼ぎの王様のバフェットでさえ私生活は何十年もすげー質素らしいし。

 

でもさ、皆が皆そんな何か異常なほど熱狂的になれる何かを持ってるわけじゃないって。

 

そこまで人生かけるほど好きなことなんて全然ねーよって人だっていっぱいいるって。

 

そういう人は、贅沢して自分が想像し得る最大限の三大欲求を満たすことを割と夢に見るだろう。

 

それの一体何が悪いのか。

 

やってもいないのに、無意味だったとか言えないでしょ。

 

やった後に無意味だったら、無意味だったって言えばいいのよ。

 

そんでまた別の生き甲斐を見つければいいのよ。

 

何百億円も寄付したり学校作ったり農業したり。